考察や雑記。

音楽 打ち込みはどのような表現なのか

今回は、自分にとって馴染みのあるTR-909や8bit音源を材料に、打ち込みの表現性を考察していく。

TB-303TR-909

TB-303はベースの代替的商品、つまりベースという「役割」の代わりとして販売された。使いにくさから普及はしなかったが、後年になって音色・グルーヴが注目されて、ハウスやテクノなどに用いられるようになる。TR-909もドラムやパーカッションという役割の代わりとして販売されたが、これも同様にそこまで普及しなかった。そして、TB-303と同じ道をたどったのである。

人間は演奏しているか?

TB-303TR-909は、この機械自体が演奏してくれるから、もはや人間からは独立した存在のようにも思えてくる。だが、どのようなリズムパターンにするか、どのような音色にするか、どのように曲調に合わせるか、どの音色(リムショットやスネアドラム)を重点的に使うかなどは人間が決め、表現している。そのため、「打ち込み」というのは、演奏の下準備段階であり、実際に鳴らされている最中のこれら機械は、人間によってまさに演奏されているのである。

機能の側面と、芸術の側面

TB-303TR-909は、役割を果たす機能的な側面と、音色・グルーヴとしての芸術的な側面が統一されて存在しているが、今では後者の方が注目されている。「ベースやドラムの演奏者が雇えないから、TB-303TR-909を使おう」と思っている人はそういないだろうし、純粋にベースやドラムとしての機能してくれるように期待している人もあまりいないだろう。今、これらを使うのはやはり音色・グルーヴへの期待が大きい。

機能的な側面のみを期待されていたものが、次第にあるいは偶然的に芸術的な側面も同時に期待されるようになったのである。食器や自動車も同様だ。

8bit音源の芸術性

打ち込みは、どうしても現実の演奏よりも拙くなったりするが、この部分も芸術的側面として評価されたりする。たとえばファミコンゲームのBGM」は、いわば劇伴として機能するよう期待されて用いられたが、とてもチープだ。

その理由は、ベロシティ変化やエクスプレッション変化がほとんどつけられず、また同時発音数に制限があるなど、技術的な問題の中で生み出された音楽だからである。だが、音楽家たちはそれを逆手にとる。ノスタルジーなチープさを評価し、チップチューンという音楽ジャンルが誕生していった。

80年代に使われた「Linn Drum」や「Sequencial Circuits drumtraks」などのドラムマシーンによる打ち込み感も、上記と同様にその無骨さがかえって評価され、80年代をリスペクトした楽曲に用いられたりしている。人間の演奏によるドラミングが期待されているのではなく、「当時の機械によるドラミング感・音色感」が期待されているのである。

ノスタルジー

また、チープさや無骨さが「当時の懐かしさ」を喚起するものであることにも注目しておきたい。時に人間は、現時点(現在)から過去の現時点へと空想的にさかのぼることに対して、懐かしさを感じる。「もう戻れない」という不可逆性に感情が揺り動かされるのであるが、チープさや無骨さをはらむ音楽は、過去の現時点をうまく喚起するわけである。この点も、芸術性に関係する要素だろうと思われる。